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ひとつの屋根、ひとつの箱
                        トーマ・ヒロコ

 

四〇一、四〇二、四〇三……
どの表札にも名前は書かれておらず
しかし空き家というわけでもなく
ドアのまわりには
自転車、三輪車、植木鉢
郵便受けも然り
部屋番号だけが並んでいる

 

鍵を回して自動ドアが開く
エレベーターに乗ろうとする人と目が合い
私は小走りでエレベーターに乗りこむ
「何階ですか?」
「四階です」
並んだ数字の中で四と五が赤く光る
言葉を交わすこともなく
気まずさを乗せて
エレベーターは上昇する
ドアが開き
「どうも」とか何とか言って会釈する
向こうも笑顔で軽くおじぎを返す

 

ここに住むようになって七ヶ月
知っているのは
両隣の苗字と家族構成と子どもの名前
ある朝見かけた左隣の女の子の後ろ姿
ランドセルには黄色いカバーがかけてあった
夕方になると右隣のおばあさんは表に出る
男の子の帰りを待つために

 

二十年住んでいたあの家
デイゴの朱が春を告げた
現在母が使っている湯飲み茶碗は
となりの奥さんが作ったものだ
その娘は私より二つ年下
お菓子を作っては我が家のチャイムを押した
一方、息子は私と同級生
いつも外に出ては
ボールを壁に投げて、ぶつけて、キャッチする

壁だけにでなく我が家の窓にもぶつける
学校では野球がうまいとモテていたが
誰も我が家の迷惑など知る者はいない

 

エレベーターに乗ろうとすると
自動ドアが開き、入ってきた人と目が合い
その人は小走りでエレベーターに乗りこむ
「何階ですか?」
「三階です」
並んだ数字の中で三と四が赤く光る
言葉を交わすこともなく
気まずさを乗せて
エレベーターは上昇する
ドアが開き
「では」と言って会釈する
向こうも笑顔で軽くおじぎを返す
 
見えるようになるのだろうか
二十年も住み続ければ
名前の書かれた表札が
聞こえるようになるのだろうか
二十年も経たないうちに
隣の誰かが押すチャイムが

 

ひとつの箱を共有している私たちなのだから

 

 

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